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コラム-裏側矯正よりハーフリンガルの方が仕上げは難しい (理由を3つ答えよ)

マウスピース矯正の現状、再評価される裏側矯正・ハーフリンガル矯正

 2019年から続いたコロナ禍は歯科業界にも大きな影響を与えました。そのひとつが「矯正バブル」です。マスクをしているうちに矯正治療を終わらせようと多くの方が矯正治療を始めましたね。銀座矯正歯科はスタッフ不足で初診をお断りしていた時期もあったので、そんなに患者さんは増えませんでした。

 その頃に手軽さや目立ちにくさから急速に普及したマウスピース型矯正装置は、多くの患者さんにとって魅力的な選択肢となりました。歯科専門コンサル業者が「マウスピース矯正を導入するなら今しかない!」と歯科医院を煽ったので日本中で口腔内スキャナが飛ぶように売れましたが、今は片隅でホコリを被っている医院も少なくないと聞いています。しかしその一方で、「マウスピース矯正では治らない」「思ったような結果にならなかった」という声がSNSや口コミで広がり、その限界が社会的に注目され始めています。銀座矯正歯科の近医で詐欺被害が起きたのも、マウスピース矯正のイメージダウンにつながりましたね。

 日本以外でのマウスピース矯正への信頼度は比較的高いと思いますが、これは日本人の口腔内が繊細で矯正治療の難度が高いことが理由になります。特に叢生が少ない口ゴボ、抜歯を伴う歯の移動距離が大きいケースや複雑な噛み合わせの問題を抱えるケースでは、マウスピース矯正単独での治療が困難であるとされています。ただこれは「ステージング」という歯の動きをデザインする歯科医師の経験値が大きく影響するので、一概にすべての医院で同じ傾向にあるわけではないという事実もあります。マウスピース矯正を希望される場合は「ダイヤモンドプロバイダー」という治療を開始した契約数の肩書よりも、「ファカルティ」という公式スピーカーの先生に依頼することが望ましいでしょう。ファカルティは治療を完了した症例の評価を受けて会社から依頼されているはずです。マウスピース矯正の教育が一般化するのはまだこれから。患者さんは選択の自由とその責任の両方を問われるので、より質の良い情報を集めなければなりませんね。  

 このような状況の中、改めてその効果と専門性が再評価されているのが「裏側矯正(舌側矯正)」、そして「ハーフリンガル矯正」です。これらは、単に装置が見えないという審美的なメリットだけでなく、担当する歯科医師の技術と経験が治療結果に直結する、まさに「専門医による手技」が求められる治療法とも言えます。

Ⅱ級2類と診断される過蓋咬合は下顎が小さいため、横顔のバランスは良いことが多い
左:矯正治療前 右:矯正治療後 前歯部過蓋咬合が改善
過蓋咬合ではハーフリンガルは無理と他院で断られた方ですが、銀座矯正歯科では普通に行います

ハーフリンガル矯正の一般的なメリット(論文ベース、参考文献は文末に)

 ハーフリンガル矯正とは、上顎は裏側矯正、下顎は表側矯正を組み合わせる治療法です。この組み合わせには、いくつか一般的なメリットが報告されています。

  • 上顎は審美性を重視して裏側に: 日常生活で最も目につきやすい上顎の装置を裏側にすることで、周囲に矯正治療をしていることをほとんど知られずに治療を進めることができます。これにより、見た目を気にすることなく笑顔で過ごせるという、心理的なメリットは非常に大きいでしょう。
  • 下顎は違和感や舌房の問題を避けるために表側へ: 下顎に裏側矯正装置を装着すると、舌の動きを阻害し、発音しにくさや、舌が当たることによる不快感が生じやすいというデメリットがあります。ハーフリンガル矯正では、下顎を表側にすることでこれらの問題を軽減し、患者さんの快適性を高めることが期待されます。また、舌が装置に当たらないことで、舌癖(舌で歯を押す癖)のある患者さんにとっても適応しやすい場合があります。ただ、舌癖の改善を意識するという意味では裏側の方が治療効果が上がるという意見もあるので、この点はなんとも。オープンバイト治療についても同様ですね。
  • 発音や清掃性の改善といった点が報告されている: 裏側矯正特有の発音のしにくさや、装置周辺の清掃の難しさが、下顎を表側にすることで改善されるという報告もあります。特に下顎前歯部の清掃は、裏側矯正の場合、表側矯正に比べて難易度が高くなる傾向にあるため、ハーフリンガル矯正はその点で患者さんの負担を軽減する可能性があります。ただこれも、論文の言うことを真に受けてはダメで、裏側矯正の方が実は虫歯のリスクは低いという報告も有ります。銀座矯正歯科の裏側矯正の装置は歯面の殆どを覆って装着するため、そもそも歯垢が付着しないというメリットもあります。歯石はまた別の話です。歯石はブラケットとワイヤーの摩擦抵抗を増悪させるので、専門的なクリーニングは必ず定期的に受けるようにしてください。

 これらのメリットは、論文や学術報告でも示されており、ハーフリンガル矯正が患者さんにとって魅力的な選択肢となる根拠となっています。しかし、銀座矯正歯科での長年の臨床経験から言えることは、これらの単純な利点だけでは語りきれない「リアル」があるということです。


銀座矯正歯科:論文だけでは見えないハーフリンガル矯正の真実

 銀座矯正歯科では、30年近い歴史の中で5,000を超える裏側矯正またはハーフリンガル矯正の症例を手掛けてきました。私は、ハーフリンガル矯正は「単純に上を裏、下を表にすればよい」というものではないと考えています。下図に示すように表側矯正は外に拡大する動き、逆に裏側矯正は中に倒れる動きが自然に発生します。結果として、ハーフリンガルでは上顎のアーチが狭くなり、下顎のアーチが拡大するため咬頭対咬頭のかみ合わせが生じやすくなります。この点を理解し、解決する手段を持っていないとハーフリンガルは外傷性咬合を引き起こす原因になり得ます。

  • 咬合平面の傾きや前歯の位置関係によって、ハーフリンガルの方がむしろ難しいケースもある: 歯並びや噛み合わせの状態は、一人ひとり全く異なります。特に、上下の顎の骨格的なズレ、咬合平面(噛み合わせの基準となる平面)の傾き、前歯の突出度合いなどが複雑に絡み合っているケースでは、ハーフリンガル矯正が予想以上に難易度を高めることがあります。上下で異なる偶力(裏側装置と表側装置では歯に加わる力の伝わり方が異なります)を同時に制御することは、矯正医にとって高度な技術を要する作業です。
  • 裏側と表側の力系の違いが上下顎で不均衡を生じさせやすい: 裏側矯正装置と表側矯正装置では、歯に力を加えるメカニクスが根本的に異なります。例えば、裏側装置は歯の裏側に沿ってワイヤーが装着されるため、歯を奥に引っ込めたり、前歯を内側に倒したりする動き(トルクコントロール)が、表側装置とは異なる特性を持ちます。この上下顎で異なる力学的な特性を同時にコントロールし、最終的な理想の噛み合わせへと導くためには、緻密な治療計画と、熟練した矯正医による経験に基づいた調整が不可欠です。不適切な力学的な管理は、上下顎の歯の移動に不均衡を生じさせ、治療期間の延長や、さらなる問題を引き起こす可能性さえあります。
  • 上顎前歯の歯軸が直立すると下顎ブラケットとの接触が発生する:上顎前歯切縁と下顎前歯ブラケットが接触する場合、どちらかが摩耗します。セラミックブラケットであれば歯が摩耗することもあるでしょう。また、咬合干渉は歯の移動阻害につながります。

まとめ:マウスピース矯正の次の選択肢としてのハーフリンガルと、経験豊富な矯正専門医の選択

 マウスピース矯正の普及により、矯正治療への関心は高まりましたが、その限界が浮き彫りになるにつれて、ハーフリンガル矯正を含む裏側矯正が、次の選択肢として注目を集めています。しかし、論文上のメリットだけでは語れない臨床的な難しさがあり、全ての患者さんに最適な治療法というわけではありません。

 銀座矯正歯科では、このハーフリンガル矯正の「リアル」を深く理解し、患者さん一人ひとりに最適な治療計画を提供することを何よりも重視しています。最新の知識と長年の豊富な臨床経験に基づき、患者さんの歯並びや噛み合わせ、そしてライフスタイルに合わせたオーダーメイドの治療を提案いたします。

「見た目を気にせず、より快適に矯正治療を進めたい」と願う方は、ぜひ一度、銀座矯正歯科にご相談ください。

 裏側矯正やハーフリンガルを学びたい歯科医師の方は株式会社バイオデントが開催するセミナーにご参加ください。FLB(フカサワリンガルブラケット)をマスターすれば、抜歯併用裏側矯正の適応が拡大します。

 来年は川越市のF-ACE矯正歯科の山田先生とヨーロッパ舌側矯正歯科学会(ESLO)の専門医試験に挑戦します。上村先生は今年取得した世界舌側矯正歯科学会(WSLO)の認定医に続いてESLOの認定医試験を受験します。ESLOではFace Driven Dentistryについて講演したいと考えているのでまた準備が…頑張りましょう。

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 参考文献

Inès Medhioub et al. “Lingual Orthodontic Treatment of Adults: A Case Report.” Saudi Journal of Oral and Dental Research (2025). 

M. Shalish et al. “Adult patients’ adjustability to orthodontic appliances. Part I: a comparison between Labial, Lingual, and Invisalign™..” European journal of orthodontics, 34 6 (2012): 724-30. 

H. Pamukçu et al. “A comparison of treatment results of adult deep-bite cases treated with lingual and labial fixed appliances..” The Angle orthodontist (2021). 

F. Ata-Ali et al. “Effectiveness of lingual versus labial fixed appliances in adults according to the Peer Assessment Rating index..” American journal of orthodontics and dentofacial orthopedics : official publication of the American Association of Orthodontists, its constituent societies, and the American Board of Orthodontics, 155 6 (2019): 819-825. 

S. Papageorgiou et al. “Lingual vs. labial fixed orthodontic appliances: systematic review and meta-analysis of treatment effects..” European journal of oral sciences, 124 2 (2016): 105-18. 

銀座矯正歯科で長く勤務した私の信頼する矯正医である山田先生の医院
F-ACE矯正歯科(埼玉県川越市)

年一回のリンガル矯正「基礎」と「実践」二日間コース

最後まで読んで3つの理由って結局何だったの?と思った歯科医師の方。今度会ったら話しましょうよ。お互いにそれまでの宿題です。

監修者

銀座矯正歯科 院長 中嶋 亮|東京都で裏側矯正を専門に行う矯正専門歯科「銀座矯正歯科」

中嶋 亮 | Ryo Nakajima

日本大学松戸歯学部卒業後、同大学大学院にて歯科矯正学を専攻し修了。大学病院での研鑽を経て、2012年より「銀座矯正歯科」に勤務し、数多くの裏側矯正や複雑な症例に携わる。2021年に院長、現在は理事長として診療にあたる。見た目の美しさと咬合機能の両立を重視し、特に舌側矯正やデジタル技術を活用した精密治療に注力。患者一人ひとりの生活背景に寄り添い、長期的な健康と自然な笑顔を引き出すことを理念としている。

【略歴】

【主な所属学会】

【論文・学会発表】

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