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ガミースマイルは本当に直すべきかよく考えよう

矯正治療に限らず、医療には集団から求められた標準値やその範囲があります。

「他人が決めたレールになんか乗りたくない。自分は自分。」

パンクなアティテュードは大好きですが、審美的要求と医療としての安全性を両立させるためには矯正治療のいくつかのルールや基準について学ばなければいけません。座学は大事です。


矯正治療に普遍的に用いられる横顔のレントゲンという影絵

「横顔のレントゲン(側方セファロレントゲン写真)を撮影しない医院で矯正治療は受けるべきではない」という歯科医師の意見もありますが、別にセファロ無くたっていいと思う。個人的には「その患者さんの所属する集団の傾向に対してどうか」という確認のために撮影しています。

セファロ分析の評価項目には「FMIA」という基準があります。これはわが学び舎、日大松戸矯正科初代教授の岩澤先生がTweedの三角(FMA・IMPA・FMIA)において、白人のFMIA標準値である65°をそのまま日本人に当てはめるのは無理があるとして、日本人独自の基準値を導き出した重要な論文が基になっています。

57.22°は歯科医師国家試験の出題範囲内に含まれる日本の歯科教育の重要な数値の一つですが、【サンプルが抽出された年代と数】という視点で検討するとどうでしょうか。

1. 統計学的な視点:最低限のライン

統計学の基本である「中心極限定理」において、サンプルサイズが30以上(n≥30)であれば、母集団の分布に関わらず標本平均の分布は近似的に正規分布に従うとされています。男女合わせてn=36という数字は、統計的な有意差や平均値を語る上での「最低限のクリアライン」を満たしていると言えます。しかし、信頼区間(ばらつきの幅)を狭め、より精度の高い「標準」を語るには、現代の基準では不十分です。

2. 解剖学・人類学的な視点:「平均」ではなく「極めて稀な理想モデル」

ここが最も重要なポイントです。岩澤先生らの研究におけるn=36は、無作為に集めた「日本人の平均値」ではありません。

  • 矯正治療歴がない
  • 完璧な正常咬合(Class I)である
  • 骨格的な不調和がない
  • 軟組織のプロファイル(側貌)が極めて美しい

人類学的に見て、現代人でこれらすべてを自然状態で満たす個体は極めて稀(マイノリティ)です。数千人規模の集団をスクリーニングして、ようやく抽出できるのがこの30〜40名程度だったと推測されます。 つまり、このn=36は「平均的な日本人」ではなく、「解剖学的に厳選された、生きた理想標本」の集合体です。純度の高い特定の形態(フェノタイプ)を定義する人類学的なアプローチとしては、サンプル数が少なくなるのは必然であり、ある程度の正当性があります。

3. 歴史的背景:1970年代の限界

1970年代は、現在のようにデジタルでセファログラムを一瞬でトレース・分析できる時代ではありません。厳格な基準で対象者をスクリーニングし、手書きで精緻なトレースと計測を行い、統計処理をするという労力を考慮すると、当時は数十名規模のデータが現実的な限界であったという時代背景も無視できません。

これらの視点を踏まえると、FMIA 57°という数字は「日本人が絶対に目指すべき絶対的な基準」として扱うよりも、「厳選された理想的な骨格モデルから導き出された、クラシックな指標の一つ」として扱うのが、学術的に誠実かもしれません。

日本人の横顔の標準値の一つであるFMIA=57°が算出された背景について

E-line(イーライン)やZ angleといった側貌における口元の評価基準もあります。これらも矯正学の発展と共に設定された評価項目であるため、21世紀も中盤に差し掛かろうとする日本人の審美基準として適切かどうか…。この点は議論が求められますね(個人的には不適切だと思うけどね)。


横顔のレントゲンでは評価できない個性、笑顔の魅力

矯正治療を考えている方の多くは、「ガタガタの歯並びをまっすぐにしたい」「顔のバランスを整えたい」というご希望を持っていらっしゃいます。しかし、咬み合わせの基準を完全に満たすような「完璧にまっすぐな歯並び」になったとしても、必ずしも魅力的な笑顔(エステティック・スマイル)になるとは限らないことをご存知でしょうか 。

というわけで本題。お顔の印象を大きく左右する「スマイル・アーク」という重要な概念について、少し専門的なデータも交えながらお話しします。

今回もABOJC2025からお題を抽出。担当は私でDavid M. Sarverの古典論文から。

魅力的な笑顔の基準「スマイル・アーク」

  • スマイル・アークとは、意識して笑った時(ポーズ・スマイル)の上顎の前歯の先端を結んだカーブと、下唇のカーブとの位置関係を指します 。
  • 理想的なスマイル・アークは、上の前歯のカーブと下唇のカーブが平行(コンソナント、調和が取れた)になっている状態ですす。
  • 逆に、前歯のカーブが下唇のカーブよりも平坦な状態を、非コンソナント(平坦なスマイル・アーク)と呼びます 。
  • 笑顔の魅力を数値で完全に測定するツールは存在しないため、矯正歯科医が美しさを判断する「目」を持つことが非常に重要になります 。

エビデンスから見る「平坦化」のリスク

実は、歯並びを整える「矯正治療のメカニクス」そのものが、意図せずこのスマイル・アークを平坦にしてしまうリスクを持っています 。

  • ある研究調査では、矯正治療を受けた患者さんの約32%にスマイル・アークの平坦化が見られました 。
  • これは、未治療のグループ(5%)と比較して著しく高い割合です 。
  • 歯のサイズに基づいてすべての患者さんに同じ位置に矯正装置(ブラケット)をつける画一的な方法では、美しい笑顔の基準を満たさないことがあります 。
  • 犬歯の働きを過度に重視したり、歯肉が見えすぎる状態を治そうとして前歯を引き上げすぎたりすると、スマイル・アークが平坦になる原因となります 。

若々しい笑顔を保つための「Face Driven Dentistry」

年齢や性別も、笑顔の印象に大きく関わります。

  • 年齢を重ねると、安静時や笑顔の時に上の前歯が見える量は自然と減少し、下の前歯が見えるようになります。
  • そのため、上の前歯が適度に見え、ある程度歯肉が見える方が、より若々しい印象を与えます 。
  • 男性は女性に比べて、上の前歯の露出が少なく、下の前歯の露出が多い傾向があります 。

古典文献からの引用でしたが、笑顔の魅力は古今東西を問わず同じ評価で考えて良いと思います。

ガミースマイル治療を主訴として来院される方の殆どはそこまで重度ではありません。私のガミースマイルの考え方は以下の通り。

  • ガミースマイルと逆ガミースマイルの写真を比較して「どちらが元気に見えるか」選んでもらう
    これは現時点で100%ガミースマイルを選択されます。ガミースマイル治療の結果、逆ガミーになってしまっては笑顔が消えてしまうことになります。
  • スマイル時の歯肉は前歯だけ露出するのか?奥歯まで露出するのか?
    スマイル時に奥歯まで歯肉が露出する方は上顎骨が垂直的に過大であるhyperdivergent(ハイパーダイバージェント)である可能性が高いです。この場合は上顎歯列全体の圧下を必要とするため治療難度はグッと上がり、骨切り術も含めた可能性も検討します。
  • 患者さんの年齢は?
    ヒトには加齢変化によって軟組織がたるみ、スマイル時に上の前歯の露出が減るという避けることができない現実があります。若年層のガミースマイル治療の目標設定は難しいというか、むしろハイパーダイバージェントでない限り積極的な治療は避けるべきでしょう。若く明るい笑顔の魅力をわざわざ消すことになります。
  • 逆ガミースマイル治療は?
    前歯の露出が消えた状態がいつ発生したかで対応は異なります。骨格的に受け口傾向の方は骨切り術で上顎を時計回り回転をさせることで解消します。抜歯矯正の結果、前歯の露出が減ったのであれば可能な範囲で治療を後戻りさせることもあります。成人の場合それでも中顔面や上顎前歯の移動には限界があるので、被せもので露出量を増やすという対応(逆ガミースマイルへの補綴対応)も現実的な手段といえます。
プチラミセット前後で笑顔に劇的な変化が生まれています。
逆ガミースマイルへの補綴対応、術後イメージはプチラミで得る事ができます。他院からの外注も人気です。

「Face Driven Dentistry(顔貌から導き出す歯科治療)」の観点からも、単に歯をまっすぐ並べるだけでなく、患者さん一人ひとりのお顔全体のバランスやリップ・カーテン(唇のドレープ)との調和を動的に評価することが不可欠です。

ガミースマイルだから、中顔面が長いから、顔を小さくしたいから。そのような理由で安易に骨切り術を選択した結果、逆ガミースマイルになっている方はそれなりにいらっしゃいます。

骨切りも矯正も口を閉じたシミュレーションよりもFDDで笑顔基準の治療から考えませんか?

監修者

銀座矯正歯科 院長 中嶋 亮|東京都で裏側矯正を専門に行う矯正専門歯科「銀座矯正歯科」

中嶋 亮 | Ryo Nakajima

日本大学松戸歯学部卒業後、同大学大学院にて歯科矯正学を専攻し修了。大学病院での研鑽を経て、2012年より「銀座矯正歯科」に勤務し、数多くの裏側矯正や複雑な症例に携わる。2021年に院長、現在は理事長として診療にあたる。見た目の美しさと咬合機能の両立を重視し、特に舌側矯正やデジタル技術を活用した精密治療に注力。患者一人ひとりの生活背景に寄り添い、長期的な健康と自然な笑顔を引き出すことを理念としている。

【略歴】

【主な所属学会】

【論文・学会発表】