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矯正歯科が閉院…⁈ 安心して通える矯正歯科って…

先日、都内の矯正歯科が閉院したというニュースがありました。通院されていた患者さんのインタビュー、何かできることがないか、と考えてしまいました。

矯正治療は、装置を付けてから保定が落ち着くまで、年単位で続く長いお付き合いです。その途中で医院が世代交代したり、担当の先生が代わったりしたら、自分の治療はどうなるのだろう——そう不安に感じる方は少なくありません。一方で医療者の側にとっても、長年育てた医院をどう次世代へ引き継ぐかは、引退設計にとどまらない大きな経営・倫理課題です。

今回は矯正歯科の「医院承継(practice transition/succession)」をめぐる近年の研究を整理し、患者さんにとって何が守られるべきか、そして医療者にとって何が論点になるのかを、エビデンスの強さを区別しながらお伝えします。

私自身は20年近い銀座矯正歯科での勤務を経てから2024年に当院を承継しました。2021年から職名は院長でしたがその実は非常勤。常勤となり、経営のフタを開けてみると知らないことばかりで今も苦労しています。そんな私の経験も交えながら「安心して通える矯正歯科」について考えていきましょう。


なぜ矯正歯科の承継は「特別」なのか

一般的な事業承継であれば、引き継ぎは資産と顧客の移転として処理できます。しかし矯正歯科では、引き継ぎの瞬間に治療途中の患者さんが必ず存在します。装置が口の中で動いている、前払いいただいた治療費の残りがある、これまでの検査記録や治療計画が蓄積している——こうした「進行中のもの」をどう途切れさせずに移すかが、一般歯科以上にシビアな問いになります。

文献全体を見渡すと、「承継計画そのものが必要だ」という点には、ほとんど異論がありません。議論の焦点は「必要かどうか」ではなく、「どう計画し、患者さんと契約条件をどう処理するか」に集中しています。つまり承継は、単なる事業譲渡ではなく、患者ケアの連続性を守りながら所有・契約・人材・財務を同時に再設計する、リスクの高い医療移行として捉えるのが、研究上もっとも整合的な理解です。


患者さんにとっての核心は「見捨てられないこと」

患者さんの視点に立つと、承継時に守られるべきことは、突き詰めればとてもシンプルです。倫理・法的な論考が一貫して強調しているのは、次の点です。

  • きちんと通知されること:医院や担当が代わる事実を、適切なタイミングで知らされる。
  • 代わりの医療を探す合理的な時間があること:いきなり放り出されない。
  • 緊急時の対応が途切れないこと:装置トラブルなど、急ぎの対応の窓口が確保される。
  • 記録にアクセスできること:検査資料・治療経過を引き継ぎ先に渡してもらえる。
  • 追加費用なしで院内移管されること:医院内で担当が代わる場合、患者さんが余計な負担を負わない。

これらが満たされないまま治療を中断させてしまう状態は、専門的には「患者の置き去り(abandonment)」と呼ばれ、引退・承継時にもっとも避けるべき事態とされています。逆に言えば、これらの原則がきちんと設計された承継であれば、患者さんが心配しすぎる必要はありません。医院が代わること=治療がやり直しになること、ではないのです。


担当の矯正医が代わると、治療はどう変わる?

「先生が代わったら、また一から?」という不安に、データはどう答えるのでしょうか。

担当矯正医の交代が治療に与える影響を調べた後ろ向きコホート研究では、興味深い結果が示されています。担当が代わっても、最終的な治療結果(仕上がり)はおおむね同等でした。一方で、治療期間は長くなる傾向があり、通院回数は平均しておよそ13回多くなる傾向が認められました。

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担当矯正医が交代したときに起こりやすいことを3枚のカードで示した図。治療結果はおおむね同等、治療期間は長くなる傾向、通院回数は約13回多くなる傾向と示し、出典としてKhalilら2024年の単施設後ろ向きコホート研究で中程度の根拠であると注記している。

ここで強調しておきたいのは、これは中程度の根拠だということです。単一施設の後ろ向き研究であり、症例数や条件も限られます。したがって「品質は必ず保たれる」と断言できるものではありません。それでも示唆として価値があるのは、問題の本質が「交代そのもの」ではなく「引き継ぎの摩擦」にあると読める点です。治療目標の共有、計画意図の理解、医院ごとの運用の違いを吸収する——ここに時間と手間がかかるからこそ、期間や通院回数が増えるのだと解釈できます。裏を返せば、引き継ぎの設計を丁寧に行えば、この摩擦は小さくできるということでもあります。


医院承継の「構造」——売り手側が決めるべきこと

医療者向けに、承継の構造を整理しておきましょう。古典的な矯正歯科の実務文献から近年の論考まで、売り手側が直面する論点は概ね共通しています。

第一に、誰が交渉を主導するか。第二に、医院の資産価値をどう算定するか。第三に、価格そのものよりも「条件」をどう詰めるか。そして第四に、競業避止や進行中の症例をどう扱うかです。1990年代の実務論文の時点ですでに、成功する移行には高い経営判断力が必要で、将来を状況任せにせず戦略的に計画すべきだと指摘されていました。承継は臨床・法務・経営が交差する複合課題である——この点は、複数の実務文献が一貫して示す強い根拠のある認識です。


市場の変化——DSO・医院価値の高騰・人材難

近年は、承継を取り巻く市場環境そのものが大きく変わっています。持続的な収益性、売上成長、エクイティ(持分)の移転が所有の主要課題となり、テクノロジーや新しい事業モデルが、旧来の「個人から個人へ」という売却方法を変えつつあります。

なかでも注目されるのが、DSO(Dental Service Organization/歯科経営支援組織)主導の集約化です。DSOへの売却は、投資家と歯科医の双方に新たな出口(exit)機会を生みました。ただし、個人間の承継と比べると、条件設計や統治構造(ガバナンス)が複雑になりやすいことも指摘されています。

加えて、新型コロナ後の経営環境、深刻な人材不足、若手の重い学生負債といった要因が、従来型の承継をさらに難しくしています。これらDSO・市場集約化のインパクトについては、近年の論考が方向性では一致しているものの、定量的な比較データはまだ乏しく、現時点では中程度の根拠にとどまります。市場が動いていることは確かですが、「どの形が優れているか」を数字で語れる段階には至っていません。


世代と育成——後継者の準備が成否を分ける

承継は「渡す側」だけの問題ではありません。受け取る側、つまり後継者の準備状況が、成否を大きく左右します。

研究からは、若い世代の重い学生負債が承継の選好に影響しうること、小規模で魅力の乏しい医院は若手に引き継がれにくいこと、そして職場の世代間の緊張が価値観・行動様式・アイデンティティ認識の違いから生じやすいことが示されています。

家業承継の研究分野では、承継を成功させる要因として、後継者の準備、十分な支援、知識の移転、そして明確な手続きが繰り返し挙げられています。これは矯正歯科に直接当てはめた研究ではありませんが、長期の信頼関係と臨床判断の蓄積を引き継ぐという点で、矯正歯科への外挿には一定の妥当性があると考えられます。


何がわかっていて、何がわからないのか

ここまでの知見を、証拠の強さで整理してみます。

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医院承継をめぐる主要な主張を5つ並べ、それぞれの証拠の強さを色付きバッジで示した図。臨床・法務・経営の複合課題であること、患者の継続性と事前説明が中心論点であることは強い根拠、担当医交代が品質より効率に影響しやすいこととDSO・市場集約化が承継モデルを変えつつあることは中程度の根拠、どの承継モデルが最善かは弱い根拠(未解明)と整理している。

強い根拠があるのは、「承継が臨床・法務・経営の複合課題であること」と「患者の継続性と事前説明が中心論点であること」です。これらは複数の文献が一貫して支持しています。

中程度の根拠にとどまるのが、「担当医の交代は品質よりも効率(期間・通院回数)に影響しやすいこと」と「DSO・市場集約化が承継モデルを変えつつあること」です。前者は単施設の後ろ向き研究、後者は方向性は一致するものの定量比較が乏しい解説群が中心です。

そして、もっとも弱い根拠しかないのが、「どの承継モデルが最善か」という問いです。個人への売却、DSOへの移行、院内パートナーへの承継——これらを患者転帰・財務転帰・後継者定着で同時に比較した研究は、ほぼ存在しません。現時点の研究は、厳密な「最適解」を示すことよりも、失敗しやすい論点を特定することに強いと言えます。


「引き継ぎの摩擦」を減らす——デジタル技術の役割

担当交代で治療が長引きやすい原因が「引き継ぎの摩擦」にあるなら、その摩擦を小さくする手立てこそが重要になります。近年急速に進むデジタル化は、まさにこの点で承継を後押しする可能性を持っています。

たとえば、AIを活用した診断・治療計画は、検査データの読み取りや治療方針の立案を標準化する方向に働きます。担当者によって解釈がぶれにくくなれば、引き継ぎ先が前任者の意図を理解する負担は軽くなります。また、遠隔でのモニタリング(テレ・オーソドンティクス)は、新型コロナ下で一気に注目され、いまでは日常診療を補う手段として位置づけられつつあります。来院しなくても経過を確認できる仕組みは、医院が代わる過渡期の「空白」を埋めるうえでも有用です。

さらに、医療連携のもとで継続ケアを丁寧に行うと、患者さんの治療転帰や予後の回復によい影響があるとする報告もあります。これらはいずれも発展途上の領域で、効果の大きさを断定できる段階ではありませんが、「記録と計画をいかに正確に、途切れさせずに引き継ぐか」という承継の核心に、技術の側から応えようとする流れだと理解できます。重要なのは技術そのものではなく、それを使って患者さんの治療文脈を失わせないという設計思想です。


患者さんが確認しておきたい5つのこと

通院中の医院で承継や担当交代の話が出たとき、あるいは矯正治療を始める医院を選ぶとき、次の点を確認しておくと安心です。

  1. 担当や医院が代わる場合、いつ・どのように知らせてもらえるか。
  2. 治療途中で担当が代わるとき、これまでの記録や治療計画はきちんと引き継がれるか。
  3. 院内で担当が代わる場合、追加費用は発生しないか。
  4. 前払いした治療費がある場合、その扱いはどうなるか。
  5. 緊急時(装置の破損など)の連絡先と対応は、移行期間中も確保されているか。

これらはどれも、患者さんが「置き去り」にされないための基本的な確認事項です。遠慮せずに質問してよい事柄であり、誠実な医院であれば、明確に答えてくれるはずです。


銀座で初めての矯正専門医院の伝統と、承継という営み

銀座矯正歯科は、約30年にわたって矯正歯科一筋で歩んできました。私たちは、過去のやり方を否定するためにこの記事を書いているのではありません。むしろ、長く積み重ねられてきた伝統を尊重したうえで、いまの時代に合わせて承継のあり方を問い直したいと考えています。

研究が示す最大の教訓は明快です。承継は「終わり」の手続きではなく、「治療を止めないための継続」の設計だということ。患者さんにとっては、通知・記録・院内移管・追加費用なしという原則が守られるかどうかが安心の核心であり、医療者にとっては、後継者の準備と引き継ぎの摩擦をいかに小さくするかが問われます。

矯正歯科の承継研究は、まだ「最善の答え」を持っていません。だからこそ、術者同士、そして医院と患者さんとが対話を重ねながら、それぞれの医院にふさわしい形を探していくことに意味があるのだと、私たちは考えています。


よくある質問

Q. 担当の先生が代わったら、治療はやり直しになりますか? A. いいえ。研究では、担当が代わっても最終的な治療結果はおおむね同等でした。ただし引き継ぎに伴い、治療期間や通院回数がやや増える傾向はあります。

Q. 医院や担当が代わると、追加の費用がかかりますか? A. 医院内で担当が代わる「院内移管」では、患者さんに追加費用を負わせないことが原則とされています。費用の扱いは事前に必ず確認しましょう。

Q. これまでの検査記録は受け取れますか? A. はい。引き継ぎや転院の際に記録を提供してもらえることは、患者さんの基本的な権利と位置づけられています。


実際の医院承継は経営目線では様々な課題を含みます。
今後医院承継を行う矯正医の先生方に言えるのは、院長一人で解決できる課題はほぼ無い、ということ。
スタッフ、家族の支えを受けて滞りの無い医院経営を行うことが患者さんへの責任です。

一番困っているのはGoogleレビューかな。医院承継して環境が異なるということを何度伝えても、いやな思いをした事実は消えないということでしょう。私は笑顔で患者さんと別れたいです。


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監修者

銀座矯正歯科 院長 中嶋 亮|東京都で裏側矯正を専門に行う矯正専門歯科「銀座矯正歯科」

院長 中嶋 亮 | Ryo Nakajima

日本大学松戸歯学部卒業後、同大学大学院にて歯科矯正学を専攻し修了。大学病院での研鑽を経て、2012年より「銀座矯正歯科」に勤務し、数多くの裏側矯正や複雑な症例に携わる。2021年に院長、現在は理事長として診療にあたる。見た目の美しさと咬合機能の両立を重視し、特に舌側矯正やデジタル技術を活用した精密治療に注力。患者一人ひとりの生活背景に寄り添い、長期的な健康と自然な笑顔を引き出すことを理念としている。

【略歴】

【主な所属学会】

【論文・学会発表】